私が感じたシンプル
先日の投稿で、記した書籍。
「ショパンとデッペに学ぶシンプルなピアノ演奏法」
シンプルな、にあたる原題のドイツ語は、「Einfachheit」
直訳すると、
英語では「Simplicity(シンプルさ)」、日本語では「簡素」「単純」
と訳されるのが一般的だろう。
私自身は、この言葉を
「単一で純粋なもの」と捉えていた。
この言葉は、生理学も研究したエルギンロスが用いた表現。
その背景を踏まえると、「シンプル」という訳語だけでは表現しきれない、
より深い意味が込められているように感じていた。
それで、私はあえて「精緻(せいち)」という言葉を
自分訳には選んでいて、
単なる単純というものではなく、
洗練されていて、無駄が削ぎ落とされた美しさを表現したい
という想いもあった。
「腕は指の“奴隷”でなければならない」
この言葉は、ショパンが残した言葉としてこの本の付録部分に登場するが、
『弟子から見たショパン』という書籍の中で、
クールティという人物が、似た趣旨の証言を残している。
ここで重要なのは、“slaves(奴隷)”という単語。
おそらくこの部分、日本語訳(弟子から見たショパン)では「家来」とされているのだが、
「奴隷」と「家来」では
受け取る印象が大きく異なる気がするのは、私だけだろうか。
確かに、日本人にとっては「家来」の方が馴染みがあり、
ある種の忠誠や誠実さを感じさせるかもしれない。
しかし、「奴隷」という言葉には、
それ以上に「完全な服従」や「自己の意志を持たない存在」という、
より強い意味が込められているように思う。
ショパンが弟子に語った意図としても、
腕は決して主導する存在ではなく、
あくまで指の動きに従い、自然に従属すべきもの。
つまり「意志を持たない存在」であることを強調したかったのではないだろうか。
この部分に関して、
訳のエサキ氏は、エルギン・ロスの原文を忠実に再現されているが、
逆に「弟子から見たショパン」を読んだ方が見たら、
「あれ?ショパンって、本当に『奴隷』なんて言葉を使ったの?」と
疑問に思われるかもしれない...
かも(@_@;)と感じたので、記しておこうと思った次第である。
原書には無い帯に見られる「ピアノを楽に弾く」というメッセージは、
決して魔法のことではないだろう。
「そうすれば、誰でもショパンのように弾ける」という
イメージがあるかもしれないが...
ショパンの音は、非常に稀で特別なものだった。
結局弟子のだれもが同じように弾けなかった。
そこに敬意を払いつつ、身体の深い知に根ざしているものを理解するには、
単なる速読では何も見えてこない。
「楽に弾ける」という言葉は、誤解されやすい表現だろう。
実際、本物の巨匠は、ある意味、楽に弾いているように見えるのもあるだろう。
しかし、本当の意味への辿り着く路に、幻想は無い。
幾重の正しさの末、脳と身体が高度に統合された結果として、
初めて顔を出す。
——それが「楽に弾ける」ということなのでは。と
私は感じている。

