「新、近頃のブルースさん」 に加筆




自分がブログ投稿していることを周りに伝えてないのもあって、
こうしてたまたま読んで頂ける機会の巡り合わせというのは、
ほんと貴重なものだなぁ、、、と思う今日この頃。

ここに書いていることは、ピアノの奏法のまつわり事が多く、
私のピアノの理想とするものの根底に、
どうしてもショパンの遺した音があることから
いったいどんな弾き方がショパンの中における真実だったのか…と
結局、どうにもそこから離れようも変わりようもなくなってしまうのが常なのだが。

ブログご訪問のきっかけになるのは、ブルース・リウ氏のことが多く、
特に「新、近頃のブルースさん」のアクセスは、細々続いている。


ブルース氏の事は先日書いたように、
氏があの背有り椅子に座る以前の演奏を、
愛知芸文で聴いたのが最後になっているので、フレッシュな情報はここには無い。

きっと推しファンの方々は、私の知らない情報をお持ちだろう。
ショパンコンクール優勝後、彼は「自分はカートが大好きで...」と、
車マニアでスピード狂だったミケランジェリのことを、緩んだ口元で語っていた。

彼は、ピアノを演奏することを一歩客観的に楽しんでいるように見えたことが、
今も記憶に残っているのだが、

得意だったであろうこのイカした趣味を、2025年のショパンイヤーを待たず、
インスタの紹介文からすべて消していることは、なんだか残念だ。

先に消えたのは、水泳だったかもしれないが、
ミケランジェリも例に、そういった一見異色に見えるものは、
先入観とは裏腹に、ピアノを弾くことと繋がるものが潜んでいたりする、と
私は考えるからで、

その変化の時期と変わらずして
椅子の形状も変わっていったんじゃないか...と振り返る。


パリあたりのコンサートをキャンセルした頃だったか、
どこかのコンサートリハでの投稿では
完全に背クッションにもたれながら弾き始める様子が映し出されていた。

まるで何十年も時が過ぎたかのように見えたその姿は、
当時の私には思いがけないものだったが、
今は、その意味も別の意図として繋げれなくもない。

コンクール直後は、
「この人(ブルース氏)の音楽はよく分からない」という旨の感想を
ブログ記事で読んだこともあるが、

コンクール初期の頃から、ずぅ~と聴き続けている人の中には、
そんな姿勢の変化の結果を、
音の中に何かしら受け止めていらっしゃる方もいるだろう。

人によって聴き方が大きく異なることはあり、
話す言語にも影響される。

何を求めて、また受け取るかはその人の脳の欲求が支配することが大きく
奏者からすれば、そこを乗り越えて聴いてもらえないことには、
新しい境地の提供に行き着けない。

2025年ショパンコンは、前回から4年で開催という月日の流れになった。

コンクールの記憶をいい意味で塗り替えることができるピアニストの存在はいかに、
審査員長はアメリカ人になったし、奏法のどのあたりに焦点が行くのかでも、
また大きく変わってくるかもしれない。審査基準の展開も聴きどころだ。

いつだったか、キムタクお嬢様の記事。
「Cocomi 世界的ピアニストと焼肉店で乾杯!」
というようなタイトルの毎日系のデジタルニュースだったかの写真付き記事が出て、

感想コメントに
「もうこの人のコンサートには行きません」というのもあったが、、、

とりあえず、
私が演奏会に行けてないのは、そんな理由ではないことだけは、
ここに記しておこう。。。( ̄▽ ̄)