脱力? 


もの凄い緻密な計算もできれば、
簡単に騙されてしまうこともある。脳は熟々面白いなと思う。。

鍛錬されれば感覚レベルは天井無しのようなのに、
見えるもの、形、雰囲気にすぐ惑わされ、
イメージに簡単に感化される側面も持つ。複雑で単純だ。


最近、周りからよく話に出されたり質問されるものの中に、
「脱力」というワードがある。

昨今、
日本のピアノ界でも多用されている熟語のようだけれど、
海向こうのピアノレッスン内で、
この単語が飛び交っていた記憶は無い。

「脱力」と聞くと、私はこの熟語の イメージ として
どうしても↓これが頭の中に浮かび出てきてしまう。


人それぞれにあるだろうが、

これが 今まで生きてきた中で、私が「脱力」と聞いてイメージする
力が入っていない脱力した人間の身体の動きである。


この状態では、到底ピアノは弾けない。
座ることも、鍵盤に手を用意することさえ困難だろう。

とは言え 実際、(専門の情報によると)

身体の筋肉というのは、
「弛緩」させる命令を 脳(中枢神経)から受けることは無い
とのこと。

つまり
「脱力して」とか「身体を緩めて」と聞いたとき、

実際身体の中で起こる動きは、
その反対の「収縮」の命令に伴うもので、

このコロッケさんの脱力のように見える動きも、
結局、衣装と椅子の摩擦や、重力をうまく利用しながら

筋肉を収縮(緊張)させ、配分し、
絶妙に流れを表現しているのだろうと 考えている。

私の弾き方を見たひとに、
すごい柔らかいね とか やっぱり脱力なんだね などと言われることがあるのだが、
つまり…

そこには必然的に”収縮”があるわけで
私としても、脱力の概念は無く…


もし本当にそのように見えるのならば、それはあくまで結果的なもので、

脱力しているように見える動き というのは
必ず 脳の指令によって
適切な力を使ったもの だと思っている。

ピアノの前で
これが脱力している動きです と説明しているものは、
私にとっては、今のところ謎である。