ワルシャワの赤い屋根群
ワルシャワの春 でロマニウク教授と繋がった流れを記したが、
スメンジャンカ先生が、
“ロマニウク教授に電話しといてあげる“ と仰った時、
同時に通訳の平澤真希さんへ、“お願いね”と 一連のわたしの世話役をも
頼んでくださったようだった。
(平澤さんに対するスメ様の全幅の信頼に魅せられながらも
あたたか過ぎる私への施しと展開に、(◎_◎;)となってる私を
平澤さんは気持ちをほぐすかのように節々細かく通訳してくださっていた)
平澤さんに付き添って貰いながら、
直接ロマニウク教授に受験する意志を伝えることができた次の課題は、
受験手続きに必要になる書類等や情報の確保と
住むところ(長期滞在する場所)の確保だった。
ロマ教授のレッスン室をあとにすると、
平澤さんは、すぐワルシャワ音楽院内の事務局へ連れて行ってくださり、
事務を統括する(確か名前は)ザヴァツカさんに、
早速、私の入学受験の旨を伝えることができた。
するとそこへ偶然、当時 ワルシャワ音楽院の現役学部生だったAちゃんが
ザヴァツカさんに別用で入ってきた。
平澤さんとAちゃんは、勿論知り合い。
ここで、私にとってのミラクルが。。。((((;゚Д゚))
「あー!おひさしぶり〜♬」と、お二人が交わした後、
Aちゃんから、
”友達(日本人学部生)が、
リアルタイムで自分が住んでるアパートの次の住居人を探している”
という住宅情報をゲットすることに。。。
外国人が異国で部屋を借りるという至難。間取りや立地条件を希望する余地は無い現実。
トントンと話は進んだ。
セミナーの最終前日(帰国前日)は、確か観光名所バスツアーの日だったが、
私は主催者さんに事情を説明、承諾を得て参加せず、
その日を、Aちゃんご友人Hさんの当アパート訪問にあてさせて貰った。
鉄格子の入り口に、鉄格子内扉のエレベーター。
重い扉にたくさんの内鍵。
広い方の部屋には 葉の落ちた木立と
その向こうに見える遠い建物を絵のように見せてくれる額縁のような窓。
住人Hさんの年代物のグランドピアノ
映画で見るようなアパートだった。
Hさんと引き続き日本ポーランド間で連絡を取り合うことを約束し、
あっという間のセミナーを終えた。
行きと帰りの飛行機。
ワルシャワ・オケンチェ空港を飛び立った
フランクフルト経由日本・成田行き飛行機の窓から見える赤い屋根群は
日本から着陸した時よりも、色鮮やかに映った。